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海苔#2 青のりとアオサ

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前回は「藻」という言葉を起点に日本最古と呼ばれる出雲のうっぷるい海苔について書きました。今回は青のり(青海苔)とアオサです。

青のりとアオサ

青のり

私にとって「あおのり」とは、焼きソバやたこ焼きにお好みで振りかける茶葉のような乾燥粉末のことです。その最大の特徴は、その名の通りの明るい発色であって、色味の暗い料理などにアクセントとして振りかけると、見栄えがグッと良くなります。この青のり、実は海苔(アマノリ類)ではなく、アオサに類する緑藻です。飾りとして重宝する青のりですが、風味も優れていて、海苔よりも強い、爽やかな磯の香りを持ちます。実際、のりしお味のポテトチップスに使われている「のり」は海苔ではなく、この青のりです。

お好み焼きの色味と風味を付けるためにも欠かせない青のりだが、原材料は様々。フレーク状のものがほとんどだが、針状の青のりはスジアオノリという希少な緑藻の粉末で、風味が強く「青のり」の最高級品。写真はスジアオノリがトッピングされた広島風お好み焼きのニューウェーブ「電光石火」の豚玉。(© 2019 kukurunbo)

アオサ

アオサという緑藻は、私たちの生活の中でわりと身近な海藻です。海の浅瀬に生えていて、海水浴などで浜辺に行けば、ちょっとした岩場に生えていたり、浮いて漂っていたりします。砂浜で打ち上げられたアオサを簡単に手に取ることもできます。ちょっとワカメを連想させる、いかにも「海藻」といったシェイプをしたライムグリーンのフィルム状の薄い海藻ですが、噛んでみるとビニールシートか?と思うほどに硬かったり、ヌメリがあったり、穴だらけだったりと個性が豊かで、中にはサッと茹でてサラダに和えたり、ワカメの代わりに味噌汁に入れたりすると、大変美味しいアオサもあります。

沖縄で多用されるアオサ(アーサ)はヒトエグサという大型のアオサ。アオサの中では最も柔らかい種類だが、それでも細胞壁がしっかりしているため、加熱しても歯ごたえが残る。ヌメリがあり美味な上に栄養価も高い。写真はヒトエグサと絹ごし豆腐のシンプルなお澄まし、アーサ汁。(写真AC,-Hadsuki-,より)

青草

アオサは「あおくさ」の音韻が訛った言葉だと考えられています。確かに「青い草(藻)」と言いたくなるくらい青々とした美しい色をしています。英語ではアオサをSea Lettuce(海のレタス)と呼びます。ビジュアル的にすごいぴったりな言葉ですが、味や風味、食感、栄養価、どれをとっても陸のレタスからは程遠かったりします。

試しにサラダなどに使われるアオサ類のヒトエグサとレタスを比較してみます。

ヒトエグサとレタスの有効成分比較
ヒトエグサ(アオサ)とレタスの有効成分比較(100gあたり)
成分ヒトエグサレタス特徴・機能性
食物繊維約3.6g約1.1g腸内環境改善、血糖値の安定
ビタミンK豊富やや多い血液凝固、骨代謝
カルシウム約170mg約28mg骨の形成、神経伝達
マグネシウム約80mg約10mg酵素活性、筋収縮調整
鉄分約4.3mg約0.3mg造血、酸素運搬
β-カロテン約1900μg約330μg抗酸化作用、皮膚・粘膜保護
葉酸約210μg約73μg細胞分裂、胎児の発育支援
ポリフェノール含有(フロロタンニンなど)微量抗酸化、抗炎症作用

ヒトエグサ(アオサ)は海藻特有のミネラルやビタミンが豊富で、栄養密度が高いことがわかります。

「石蓴」は何と読む?

「石蓴」と書いてアオサと読みます。これは外来語です。中国語で「蓴(chún≒莼)」という言葉は「水辺の柔らかい草」という意味です。アオサは水辺の石(岩)に付いている柔らかい海藻だから「石蓴(shí chún)」です。実際はそれほど柔らかくもないアオサがほとんどですので恐らく、先に挙げた、アオサ類の中で一番やわらかいヒトエグサのことを指している名称なのでしょう。

アオサのルックスは、「あおくさ」「石蓴」「Sea Lettuce」どれもシックリくる。ちなみにオシャレ界隈ではアオサ類をウルヴァと呼ぶ。アオサ属の学術名が「Ulva(ウルヴァ)」だからだが、この学術名が一番シックリしない。(AnypReyes, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

アオサの漢字表記として、なぜ「青藻(草)」ではなく「石蓴」が定着したかについては、単に日本には青っぽい色の藻の種類が多すぎて、「青藻」だと逆に分かり難くなってしまうからだとか、定着した時代が江戸前期で、中国から「本草綱目」という大百科事典が持ち込まれて、日本に「本草学(≒博物学)」が生まれた時期と重なることから、中国の石蓴の仮名にアオサを当てたから、などが考えられます。本草学から由来した場合、アオサの他にセキジュンと読み仮名が振られていたはずです。

本草綱目でジュンサイ(蓴菜)は別名「水葵」と書かれている。日本にはツユクサの仲間でミズアオイ(水葵)という水草があるが、この中国名は「雨久花」。ややこしい。本草綱目は全52巻、収録薬種は1892種、図版1109枚、処方11096種にのぼる歴史的記録物で、著者である李時珍は中国古代四大名医の一人に数えられる偉人だが、彼が評価されたのは死後のこと。彼の本草綱目は世界の博物学に多大な影響を与えた。画像は日本最大にして唯一の官撰百科事典、古事類苑より。(画像:古事類苑 [50] 植物部2、神宮司廳、東京築地活版製造所、1911、Public Domain Mark 1.0 Universal)

じゅんさい

蛇足ですが、東北三県(特に秋田県)の観光食材として有名な「じゅんさい」は「蓴菜」をそのまま音読みしたもので、レッキとした中国語です。アオサとジュンサイは全く別種の生物ですが、同じ「蓴」の字を持つ仲間です。

ジュンサイの本名(和名)は「ぬなわ」で、漢字表記をすると「沼縄」です。ジュンサイを「観光食材」と書いたのは、採りたてを楽しむ食材だからで、しかも収穫時期が初夏に限定されているからです。料理であればミシュランが三つ星を付けてよい、つまり「そのために旅行する価値のある卓越した」食材なのですが、意外なことに、これを食べる習慣は中国と日本にしかありません。

秋田県山本郡の旧山本町は、昔から天然の沼地でジュンサイを採取していた地域で、住民はジュンサイの扱いに元々慣れていた。政府の減反政策を受けて町がジュンサイへの転作を奨励したことにより、多くの米農家が田んぼを改造してジュンサイ沼を作った。ジュンサイは水深が50〜60cmの浅い水域で育つため、田んぼからは造成もし易かった。ジュンサイは原初の姿に非常に近い被子植物で、若い茎や葉は粘液質(ガラクトマンナン)を分泌し、これで覆われた若芽が食用になる。葉が小さい若芽ほど味がよく、新鮮なものほど美味しい。ベストシーズンは6月。山本町は現在、市町村合併をして三種町の一部となっていて、この三種町は八郎潟の北に覆いかぶさるような形で広がっている。

青のりとアオサの違い

アオサという名称にはかつて、「粗悪で安物の海藻」というネガティブな響きがありました。明治政府が編纂した百科事典である「古事類苑」に、アオサは「賤民の食なり」と書かれています。そこで、「海苔(のり)」という海藻が江戸の食卓に定着し始めると、アオサを「青海苔(あおのり)」と言い替えるムーブが後追いで起こったのでしょう。時期的には江戸の中期頃でしょうか。「このアオサという海藻は、江戸じゃ青海苔などと言いまして、「海苔喰い」の連中になかなか人気でございます。粉にしてメシにかけてヨシ。混ぜ込んでニギリ飯にしてヨシ。近頃ではウドンの粉をまぶして油にて揚る天フラなどという料理にも重宝されておるようで…」などと言いながら行商人が売り歩いていたかもしれません。伊藤園が「缶入り煎茶」という商品を「お~いお茶」に改名し、この商品から年商5000億のガリバーと伸し上がる礎を築いた事例と似たものを感じます。

天麩羅(てんぷら)屋、鰑(するめ)屋、四文屋(しもんや)の屋台店。四文屋は今でいう100円ショップ。 串に刺したイモや豆腐などを煮て、一串を四文銭一枚で売っていた。『近世職人尽絵詞』(鍬形蕙斎(北尾政美)、江戸中期)より 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

ただし、元々「青のり」とという呼び名は、江戸期に新たに産まれたたわけではなく、恐らく平安以前には存在していたようです。ただ、呼称としてはアオサのほうがメジャーであったようです。つまり、共存する呼称の割合の変化であると考えると、昭和で広く使われていた「チョッキ」や「ジャンパー」が、「ベスト」や「ジャケット(ブルゾン)」へ変化していった過程のほうが近いかもしれません。

「たまごボーロ」や「蕎麦ぼうろ」、沖縄の「花ぼうる」で使われるボーロだが、元は小麦粉ベースのケーキを指すポルトガル語(bolo)。日本に伝来した時代には焼き菓子だったため、そのように定着した。現在ではボーロに代わって「ビスケット」や「クッキー」が洋風焼き菓子の総称として定着している。ビスケットは幕末の江戸で使われ始めたに英国経由の単語で、クッキーは敗戦後に定着したオランダ由来のアメリカ英語。(Ocdp, CC0, via Wikimedia Commons)

「青海苔」と「アオサ」は、現在でも境界が不鮮明な状態で共存しています。どうしてそのようないい加減な事態が永らく続いていて、しかも、私達がそのことに対して何の疑問もなく受け入れているのかということですが、生物学的な視点から一つの回答が導き出せます。

ヒモとシート

そもそも緑藻というものは、被子植物のように複雑に分化させた体組織を持っているわけではなく、「単細胞生物が葉状に集合してなんとなく役割分担している」程度の単純さで生きています。アオサ類も同じです。見た目上の特徴、膜状か糸状か網状か、シート状かテープ(リボン)状か、一重膜か二重膜か中空膜か、などでアオサ属が11種、アオノリ属が7種、その他にも4属5種に分類されていますが、分子系統解析、つまりDNAレベルではほとんど差異がありません。それよりも、そのアオサは生育する環境、塩分濃度であるとか栄養塩の濃度であるとかで外見が変質しやすく、水温や波の有無にすら左右されます。学術的な系統樹も実は頻繁に変更されていて、学者先生たちにとっても難題なようです。まあ、そもそも分類学や分岐学自体が正確性を追求すると矛盾が生じやすく、見解が定まりにくい学問なのですが。

外部要因に品質や収量が左右されやすいという欠点を補うため、スジアオノリなどの単価の高いアオサ類は現在、陸上養殖での生産が主流となっている。

つまり、アオサ類はつくりが単純すぎて、コレといった独自の遺伝的特徴を持っていないため、正確に区別することが不可能なのですが、見た目上の差異は確かにあるので、区別せざるをえないので区別すると、今度は区別した物同士の形状が入れ替わっていたりするので混乱しがちだということです。青海苔とアオサの名称の併存もその一部分と言えるのかもしれません。

まあ、あえて現代に限って言うならば、「『シートっぽいのがアオサで、ヒモっぽいのが青のり』という感じのフンワリとした形状の差異で呼称を区別する習慣的がある。」という理解が適当なのかもしれません。

参考文献

能登谷 正浩 「アオサの利用と環境修復 改訂版」

能登谷 正浩 「海藻利用への基礎研究: その課題と展望 (シリーズ応用藻類学の発展 1)」

参考サイト

Wikipedia、维基文库、百度百科、国立国会図書館デジタルアーカイブ、ぼうずコンニャクの市場魚介類図鑑 アオサ北海道立総合研究機構「海藻アオサ類の分類と利用」生きもの好きの語る自然誌、市民公開講座「有明海・八代海を科学する」講義・第5回「養殖ノリとアオサ類の遺伝子解析」、気ままに江戸♪散歩・味・読書の記録てんぷら屋台の様子(てんぷら⑤ 江戸の食文化76)、国際日本文化研究センター古事類苑ページ検索システム、農業知識入口網水產試驗所東港生技研究中心 成功繁殖石蓴、など

画像、動画元サイト

Wikimedia Commons、ColBase、写真AC、YouTubeSEA VEGETABLE COMPANY、YouTube読売新聞オンライン動画、など

括坊奚

岡山市在住の野良キュレーター。
日常を豊かにするリーダーズ・ダイジェストを目指しています。
構造に関するコンテンツが好きです。

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