このお話は「「鉛」 2 方鉛鉱は直火でパパっと」のつづきです。
方鉛鉱から鉛を精錬する過程で発生する硫黄についてのお話しです。
食品を非加熱で熟成加工したいなら、まず二酸化硫黄(亜硫酸塩もしくは亜硫酸ガス)。
さて、方鉛鉱(PbS)を加熱すると、最終的に硫黄が酸化して鉛から離れることで金属鉛が製錬され、酸化した硫黄、二酸化硫黄(SO₂)は気体となって大気中に拡散します。
この二酸化硫黄は、実はかなり有害な気体で、特に呼吸器に悪影響を及ぼします。じつは有名な四日市ぜんそくの主要な原因物質でもあります。
一方で、腐敗や劣化を防ぐ目的で、ワインやドライフルーツなどが代表的なんですが、様々な加工食品の製造や加工の様々な過程でこの二酸化硫黄が多用されています。ワインの品質表示を見ると「酸化防止剤(亜硫酸塩)」などと書かれていますが、本質的には、これは二酸化硫黄のことを指します。
ノスタルジーな香り、二酸化硫黄。
二酸化硫黄などと科学的な名称を書くと、なにか特別な物質のように勘違いしてしまいますが、実は硫黄を燃やすだけで得ることができる気体です。もっと乱暴に言ってしまえばマッチを擦った時に出るプンとする臭気がソレです。別に特別なモノなんかじゃありません。
S+O₂→SO₂
ですからね。何てことはありません。あの臭み、好きでしたね。

二酸化硫黄は毒。でも食と密接に関わってます。
さて、二酸化硫黄は重い気体(比重は空気の2.926倍)で、これが食品加工にとても重要な影響を与えました。例えばワインを樽詰めする前に硫黄を燃やして空気を二酸化硫黄に置き換えて栓をしてやれば雑菌の繁殖が抑えられ(酵母反応にはあまり影響しません)、酸化が緩やかになり、香りがなくなったり酢になったりする劣化現象が防げます。二酸化硫黄は水にほとんど溶けないので、食材の上を覆う二酸化硫黄の層のバリヤー効果は長く発揮されます。剥いて吊るしたばかりの柿をまずは部屋に詰めて干し、そこで硫黄を焚くことで、酸化硫黄で燻蒸してやれば、柿の表面の酸化が抑えられるので見た目の色は鮮やかになり、また、しばらくは雑菌も虫も寄り付きません。二酸化硫黄の独特の臭気が食材の風味には少しマイナスに影響しますが、メリットが多すぎて現実的には問題になりませんでした。くどいですが、あの臭み、嫌いじゃありませんでした。

二酸化硫黄、メタカリに進化する。
かつては硫黄を焚くことで二酸化硫黄を直接的に使っていましたが、現在は、固形物であるメタ重亜硫酸カリウム(Metabisulfite、K₂O₅S₂、通称はメタカリ。ピロ亜硫酸カリウムとも呼ばれる。)が使われています。気体の二酸化硫黄と違ってメタカリは水に溶かすことができる性質があります(亜硫酸水素カリウム=2KHSO₃←K₂O₅S₂+H₂O)。
気体を取り扱うのは、嵩が張ったり、誤って吸い込んだりする危険があって何かと扱いづらいんですが、液体ならずっと簡単です。二酸化硫黄はより低コストでより安全に添加できるようにりました。その結果、加工食品におかる様々なシーンでメタカリが多用されるようになりました。
例えば現在のワインの製造では、ブドウの果肉を潰す工程で一回、樽詰めした後工程では熟成期間によって一回から数回、瓶詰めする前工程で一回と、幾度となくメタカリ水溶液が添加されていて、また、そうすることが現代的な醸造学でも推奨されています。完成までに長い期間を自然の醸成に任せるタイプの食品にとって二酸化硫黄は、狙った結果を導くために必要な、シートベルトやガードレールのような安全装置のようなもので、多少の窮屈さを感じたり、視界の邪魔に感じたりしても、重大な問題を起こりにくくする至極便利な物質なんでしょう。
添加されたメタカリの硫黄分は、やがて亜硫酸(H₂SO₃)として安定し、ワインの液中で二酸化硫黄(SO₂+H₂O)がストックされて反応待ちしている状態となり、ワインを酸化から守ります。また、カリウムは最終的に酒石酸水素カリウム(KC4H5O6)という固形物として沈殿し、樽の滓下げの工程や、ろ過の工程で除去されます。
硫黄を燃やしていた頃と比べると隔世の感があります。
ワイン醸造ではメタカリが主役になりましたが、硫黄を燃やす古典的な硫黄燻蒸もまだ需要はあって、干し柿などのドライフルーツの分野ではバリバリの現役です。硫黄はネットや薬局などで簡単に手に入りますので、ご家庭でも試せますが、その際は吸い込まないよう安全に注意しましょう。
また、硫黄を購入された場合、それをそのままお風呂に入れても入浴剤にはなりません。ただ湯船などを痛めるだけのことになりますので、ご注意ください。そのお話の前に、スルーするわけにはいかない二酸化硫黄の別の面を少し書きます。
転落していく硫黄。
もと宝物、のち厄介物。
かつて硫黄は火山の火口などから採取されていました。火山国である日本などは硫黄の有力な産出国で、旧安田財閥が四大財閥の一角を占めるまでに飛躍したその原資は、釧路のアトサヌプリ(硫黄山)の硫黄の輸出によってもたらされました。当時の用途は主に火薬の原料として高い需要がありましたが、工業的には主にゴムの原料としても欠かせないものでした。さらに工業的な用途は広がるばかりで、硫黄は非常に重要な天然資源で、日本の重要な輸出産品でした。

ところが石油が大量に使われる時代になると、硫黄は原油を精製する際に、邪魔者として取り除かれる代表的な不純物として、副次的に生産されるようになりました。
甘い原油と酸っぱい原油。
まず、石油が利用され始めた初期、だいたい戦前から戦直後くらいまでは硫黄分など問題にされませんでしたが、1950年代に入ってアメリカで石油化学工業が誕生したことで、日本でも戦後復興の柱として、製鉄、機械とともに、石油化学製品の国産化が大々的に推し進められました。太平洋ベルト地帯構想がそれです。

ここで石油資源を持たない日本は、化学工業の原料を中東からの安価な原油に依存することにしました。なぜ中東産にしたかと言うと、貧しかったからです。日本が仕入れていた中東産の石油にはだいたい2%以上の硫黄が含まれていて、これは戦前使っていたアメリカ産原油の2倍以上、戦争までして欲した東南アジア産原油の4倍以上の硫黄(重量%)が含まれていて、あまりの硫黄分の多さから「サワー(酸っぱい)原油」と呼ばれて安価で取引されていたものでした。ちなみに硫黄分が少ない原油は「スウィート(甘い)」です。
なぜ産地によって原油に含まれる硫黄のレベルが異なるのか?と言うと、これは原油が醸成される際に土中に含まれる硫黄が原油の中に溶け出したからで、実は温泉と同じ理由です。ですから、温泉によって泉質が異なるように、油田に寄って油質が異なるわけです。ですから、先に中東産、アメリカ産、東南アジア産などと原油の産地をざっくり分けましたが、本当はもっと細かいレベルで原油の質は異なります。
ソックスでベルトが汚される。
太平洋ベルト地帯に次々と爆誕した石油化学コンビナートでは、日々大量のサワー原油が精製され、休みなく石油製品を生み出しましたが、同時に膨大な硫黄酸化物も吐き出しました。硫黄酸化物とは「硫黄が酸化したもの」という意味で、化学式からソックス(SOx)などと粋な略称で呼ばれたりしますが、まあ大気汚染物質で、そのほとんどが二酸化硫黄です。環境対策なんて言葉もなかった時代ですし、経済成長が最優先されたので、「白いスモッグ」などと呼ばれ社会問題化しても、規制や法律はできず、対策はザルで、ソックスを垂れ流し続けていました。

中でも太平洋ベルト地帯で最初から石油化学コンビナートが稼働した四日市市でのソックス汚染は際立って悲惨でした。四日市というところは、戦前は軍の工業基地として機能していて、中でも沿岸部には日本最大の石油精製能力を有する海軍の巨大な燃料廠がありました。無論、戦後までにはこれらはすべて瓦礫の山と化したのですが、やがて石油化学工業の振興が国策に組み込まれると、その広大な跡地はコンビナートの理想的な立地として、石油各社の垂涎の的となりました。一方で市も誘致合戦を繰り広げ、企業と地元の相思相愛で稼働を始めたコンビナートでしたが、すぐに工場排水が伊勢湾を汚染し、漁業が深刻な打撃を受けました。そして、コンビナートの近隣地区で喘息患者が急増し始めました。事態は速やかに悪化し、あまりの苦しみから自殺をする住民が跡を絶ちませんでした。この「毒ガスに類似する大気汚染」は長い裁判の末、四日市ぜんそくとして公害認定されたのですが、その時点で犠牲者の数は1000人を超えていました。尊い犠牲者のお陰で住民は裁判に勝訴し、本格的に排気から硫黄分を除去する対策が始まりました。勝訴から3年後、ついに日本初の排煙脱硫装置が四日市の新大協和石油化学㈱の工場に設置されました。公害発生から約13年が経過していました。

世の中は一気に硫黄フリーに。
また、石油製品の品質を改善するためにも硫黄分を抜く工程が求められていました。硫黄は金属を腐食するので、できるだけない方がいい。燃焼機械の寿命が伸びるので顧客は喜ぶし、そもそも製油所のメンテも楽になります。硫黄分を除去する工程を「脱硫」と呼ぶのですが、まず製油所で、原油からガソリンだとかナフサだとか軽油などといった石油製品に精製(蒸留分離)する過程で、硫酸で洗浄したり、水素を吹き付けて硫黄分を硫化水素として分離することで脱硫しはじめました。現在は水素を吹き付ける方式が主流です。この方式だと硫黄以外の不純物も効率的に取り除くことができるので便利なんです。これ以外にも様々な精製技術の開発されていて石油製品の品質はかなり良くなっています。
同時に、大気環境の保全の観点から、石油製品を燃焼させたあとの排気の脱硫、排出ガスに含まれるソックスの除去も行われるようになりましたから、生産と消費の両方で脱硫が大幅に進み、硫黄による大気汚染はひとまず沈静化しました。

すると自然な流れとして、石油化学の進歩と歩調を合わせて、鉱物として硫黄を採取する必要性は激減し、硫黄は一部の需要を除いて、石油の精製過程に由来して産出される物質となりました。それどころか、各工場ごとに脱硫装置が設置されるほど、脱硫に関する環境規制が厳格化された結果、今度はその回収したあとの大量の硫黄をどうするのかが問題となりはじめました。
こうして、かつて日本の経済発展に大きく寄与した貴重な天然資源である硫黄は、環境保護のために回収し処理しなければならない、始末に困る厄介な有害物質に成り下がってしまいました。現在の日本では、電力、鉄鋼、紙パルプ、化学など、煙を出したり排気が伴う工場には硫黄の排脱が義務付けられていて、様々な工場の様々な場所で無数の排煙脱硫装置が稼働しています。

身近な日用品の中でもサルファーフリー化は進んでいて、輪ゴムの代替品として「モビロンバンド」という、ポリウレタン(TPU:熱可塑性ポリウレタン)製の輪ゴム状バンドが登場しています。耐久性や用途の広さといった性能面では普通の輪ゴムより優れています。購入コストはオーバンドなどの輪ゴムと比べれば約倍ですが、それでも1本あたり1円を切るくらいの単価なので、家庭で使われるくらいの利用頻度なら、経年劣化を考慮すれば割高でもないでしょう。
ギプスは石膏のオランダ語。
そして耐火の必需アイテム、副生(排脱)石膏が誕生。
現在、脱硫装置によって回収された二酸化硫黄の余剰分は、主に石灰石と反応させることで硫酸カルシウム(CaSO₄)に姿を変えられ、産業資材として利用されています。硫酸カルシウムは石膏の主原料になります。つまりこれ(副生石膏)を原料に石膏ボードなどが安価に作られ、わたしたちの生活に利用されているわけです。

石膏ボードは建築物の防火にとって重要な役割を果たす建材ですし、遮音性にも優れていますから、戸建ての木造住宅から超高層ビルまで、耐火構造を求められる建築物、つまり建築物のほぼ100%にふんだんに利用されています。
石膏ボードに使われる石膏の約半分が脱硫装置由来です。どうして100%じゃないのかと言えば、農業用の肥料に使うリン酸(H₃PO₄)を製造するために燐灰石を硫酸(H₂SO₄)と反応させる工程で、副産物として石膏が大量に生まれてしまうので、これの処分にも困るからです。何なら本来はこの肥料用の燐灰石(Ca₅(PO₄)₃F)が由来の石膏(CaSO₄・2H₂O)の処分先として石膏ボードが機能していたほどです。
Ca₅(PO₄)₃F+5H₂SO₄+10H₂O → 3H₃PO₄+5(CaSO₄・2H₂O)+HF (湿式リン酸製造法)
石膏を鉱物として採掘していない日本ですが、この肥料を作る工程でできる石膏と工場の脱硫装置でできる石膏など、これらを化成石膏と総称しますが、化成石膏によって世界第10位の石膏生産国だったりします。

石膏で一件落着?
環境対策のおかげで厄介物だった二酸化硫黄ですが、石膏のような有用な物質に生まれ変われるようなって大円満だと思うじゃないですか?ところがどっこい、今度は石膏ボードの廃棄も問題なんです。
石膏ボードは難燃性ですし、二酸化硫黄が出ても困るんで、焼却処理できません。そのまま最終処分場で埋められて処分されています。日本は建築物の対応年数が総じて短いですからその量は膨大です。そして日本は温暖湿潤な気候。処分場の土中で地下水などの水分が染み出してきて、石膏ボードがグショグショになってしまうと、水没した石膏が硫酸イオン(SO₄²⁻)のヘドロとなります。すると土中にひっそりと潜んでいる細菌の中の極めて原始的なマイナーグループ、硫酸塩還元菌が活動を初めるのです。

この細菌は太古の昔、まだ地球上に酸素を吸って二酸化炭素を吐く生物が存在しない頃から活動をしている細菌の古代種のようなヤツで、彼らは硫酸(SO₄²⁻)を吸って硫化水素(H₂S)を吐く「呼吸」をします。彼らは硫酸呼吸をしながらゴミの中の有機物(炭素)を食べて増殖します。石膏ボードが処分されているような最終処分場には少なくとも建築廃材があり、それだけでも木材やプラスチックなどの有機ゴミが無限なくらいにありますから、硫酸塩還元菌が大繁殖し、ヤツらの代謝で硫化水素がアホほど発生してしまいます。硫化水素は第一次世界大戦ではイギリス軍の化学兵器として2度使用された実績を持つほど、人体にとって猛毒な気体です。

石膏ボードの処分にはそれはそれで問題があるわけです。石膏ボードに限らず、石膏の廃棄のルールは年々厳しさを増しています。家庭ごみであっても石膏は燃えるゴミにも不燃ごみにも出せないというルールを設けている自治体もあります。業者に依頼すれば¥100~200/kgあたりで処分してもらえるのですが、渡った先では一部のリサイクルに回せる状態の良い石膏を除けば、全て処分場で埋め立てられることになります。
ただし、これは大量の石膏を一箇所で、集中的に処分しようとする場合の弊害であって、アロマストーンを作ったり、ハンドメイドで石膏を使ってみた、程度の少量の石膏を処分したい場合は、樹脂などを混ぜたモノでなければ砕いて庭の土にでも混ぜ込んでしまって問題ありません。土にカルシウムと硫黄が補充されて植物が元気になります。実際に石膏は肥料としても販売されていてるくらいで、実は肥料として考えた場合、石膏はとても有益な効能を発揮します。石膏の硫酸カルシウムという成分は、これまで書いた通り水と親和性が高いので、素早く溶けたカルシウムは土壌のphを迅速に中和してくれますし、硫黄はすべての植物の代謝にとって重要なミネラルです。また土壌にわずかにいる硫酸塩還元菌が微量の硫化水素を発生するので農薬的な効果も微妙にあります。中でも葉面や果物へ直接散布するタイプの商品は、葉面からカルシウム分と硫黄分の両方を補給することが出来る上に、病気やカビの発生が抑えてられるという、かなり優れた肥料です。
ここまで、サルファーフリー化によって次々と生み出される化成石膏とその利用、そしてその先の廃棄について書みましたが、とりあえず現時点でのわたしの意見は、最終処分場の防水と漏水の処理、ちゃんと機能してるか確認したほうが良いいね。くいらいですかね。まあ、日本は地震国ですから、再確認をしたところで、焼け石に水なんですが。

私たちがあまり直視しようとしないでけで、廃棄処理は自治体や業者に丸投げしてOKな問題ではなくて、一筋縄ではいかない、終わりのない戦いです。とどのつまり石膏についても、リサイクルやリメイクをする循環スキームを稼働させて廃棄を止める以外に解決策はないんでしょうね。プラスチックですらペットボトルと食品トレーくらいでわずかに実現できている程度なのに、賭け事好きの欧州に習ってCO₂の排出権取引とか金融相場に優秀な人材が流れている昨今の日本ですが、現実的に稼働する資源サイクルを実現するための、グランドデザインとかその社会実装とかにいつか人的なエネルギーを割ける日が来るんでしょうか。

次に石膏ボード以外の石膏の利用法で、特に面白い豆腐との関係について書いてみますが、石膏は美術や工芸、医療の分野などでも八面六臂の活躍をしています。コスト面を考えると代替となる材料がないのが現状です。適切に管理さえすれば、石膏は非常に便利で有益な資源であることに間違いありません。リサイクル技術の開発と社会システムの整備が待たれます。
石膏は食べれるし、薬にもなる。
石膏は豆腐と相性がいい。
石膏は中国医学では、渇きを癒やす(止渇)作用や解熱作用がある生薬として古来から利用されています。つまり石膏は立派な漢方薬で、日本薬局方にも医療品名「石膏」として記載されています。
また、中華料理でも石膏は、豆乳の凝固剤としても使われていて、豆乳に石膏を加えてかき混ぜると、にがり(塩化マグネシウム)に比べて凝固のスピードが遅く、非常になめらかでクリーミーな豆腐が作れます。石膏豆腐などと言われることもありますが、「豆花(トウファ)」もしくは「豆腐花」のほうが一般的です。豆花は料理の具材として使われていますが、特に中国南部や台湾ではスイーツとして人気があります。香港や台湾に旅行される際にはぜひ味わいましょう。人気店の豆花は激ウマで、豆腐の価値観がひっくり返ります。虜になってしまって、帰国した後に自宅で作られる方も。自分で豆花を作る際は、石膏(硫酸カルシウム)の粉の粒をできるだけ細かくすり潰してから混ぜるのが成功するコツのようです。
ちなみに、ちょっと豆腐の項目で書くのもアレなんですが、この石膏の特徴は土木の現場でも利用されていて、セメントの硬化速度を調整するための添加剤としても石膏は重要な役割を果たしていたりします。
豆腐を固める「にがり」はニガいから「苦り」。
日本の豆腐は古来から現在まで、海水から食塩を採る過程でできる副産物「にがり(苦汁。ほぼ塩化マグネシウム)」が凝固剤として使われ続けていますが、これはニガリが豆腐作りに最適だからではなく、海が近く、ニガリが簡単に手に入ったからで、海が遠い中国で豆腐にもっぱら石膏が使われたのも同じ理由です。
最適どころか、ニガリは凝固作用が強く、しかも速く固まるので、本当は豆腐作りには不向きです。実際に、温めた豆乳(呉汁)にニガリを垂らすとわずかな時間、約5秒ほどで凝固が始まってしまいます。そのため急いで撹拌しなくてはならないのですが、慌てて混ぜてしまって豆乳が泡立ってしまうと、豆腐が台無しになってしまいます。しかし、呉汁は泡が非常に立ちやすく、それどころか簡単に泡だらけになる液体ですから、ニガリの撹拌は豆腐職人の最大の腕の見せ所で、真剣勝負の瞬間です。撹拌作業が終わると、ニガリは強く凝固するので呉汁は凝固する「おぼろ豆腐」の部分と薄黄色の透明な水分とに分離します。これを木綿の布を敷いた型に流し入れて圧力をかけて固めることで木綿豆腐ができるわけですが、分離した水分は商品にはならないので、そのままロスとなります。そのため石膏などの凝固剤に比べて豆腐を一丁を作るのにより多くの豆乳を必要とします。歩留まりも悪いです。
しかし、ニガリはその名前の通り苦みがあり(にがり=苦汁)、様々な凝固剤が入手できる現代においても、日本ではこの味覚上の特徴が「大豆の甘みを引き出す」と好まれています。現代のニガリには、精製された純粋な「にがり(塩化マグネシウム)」と、精製される前段階の「にがり(粗製海水塩化マグネシウムor塩化マグネシウム含有物)」があります。複雑なミネラル分が含まれている精製前のニガリの方が味に奥行きが出ると好まれるのですが、塩化マグネシウムの含有量にバラ付きがあるので、少し前までは高級豆腐にしか使われていませんでした。が、現在の豆腐にはだいたい精製前のニガリが使われています。
ニガリ以外の凝固剤としては、まずは中国でメジャーな石膏。石膏の凝固は反応が遅く、また反応後の保水力も高いので、作業性も歩留まりも良い凝固剤です。舌ざわりがよく滑らかな絹ごし豆腐に最適で、一部の街のお豆腐屋さんや京風の豆腐料理などで使われていますが、現在の日本ではマイナーな凝固剤です。他には、道路の凍結防止剤として撒かれることでおなじみの塩化カルシウムがあります。塩化カルシウムの凝固作用はキツく、固く締まった豆腐ができるので、油揚げ用や高野豆腐用の豆腐とかの凝固に使われています。また、グルコノデクラタクトンというデンプンを発酵させて作る、特に絹ごし豆腐に理想的な凝固剤もあって、初期の充填豆腐はだいたいこれで固められていたのですが、現在ではほとんど使われていません。ちょっとプリンに似た食感の豆腐で、値段も安かったのですが、豆腐にかすかに酸味が出たようです。
現在の日本の豆腐の凝固剤がニガリ(粗製海水塩化マグネシウム)一辺倒になった最大の理由は、充填豆腐の実用化によって、歩留まりの良い豆腐の製造方法が開発されたからです。伝統的な豆腐づくりでは熱々の呉汁にニガリを撹拌するのですが、充填豆腐の製造方法は、冷たい呉汁とグルコノデルタラクトンを混ぜたものをパックに充填して密閉し、そのパックを80℃程度でじっくり加熱して凝固させて製品ができます。で、この方法、実はニガリを使っても可能だったんですね。そして、大豆が海外の輸入大豆に切り替わったことも大きく、この過程で煮釜が見直されて改良された結果、豆乳の品質が結果的に上がりました。鶏卵や牛乳が「物価の優等生」と言われますが、豆腐だって充分に優等生です。
みんな石膏豆腐を食べていた。
日本では地理的な要因や伝統的な嗜好もあって、歴史的にニガリ一筋で豆腐を作ってきたわけですが、過去にみんなが唐突に石膏豆腐ばかりを食べていた時期がありました。第二次世界大戦の最中の話です。
意外なことにその理由は、ありがちな戦中の食材不足ではなく、軍事物資としてニガリが徴発されたためでした。
第一次世界大戦で航空機が戦況をも左右する重要な戦力として登場したわけですが、この航空機に使う金属の研究にも各国はしのぎを削っていて、みんな最も軽量なアルミニウムをできるだけたくさん使いたいんですが、どうしても強度(耐破断性)が不足していました。しかし、ついに銅とマグネシウムをいい感じで混ぜるとアルミがめっちゃ強くなることがわかり、リバースエンジニアリングの結果、日本でもそのアルミが作れるようになりました。このアルミがジュラルミンです。第二次世界大戦の頃には航空機はモノコック構造となり、ジュラルミンはより航空機に適した超々ジュラルミンという改良版にまで進化していました。

で、ジュラルミンを作るにはマグネシウムが必要なわけです。日本にも一応資源(ドロマイト鉱山)はあったのですが、何せ日本は四方を海に囲まれていますので、軍はそのマグネシウムを塩化マグネシウム、つまりニガリから塩素を電気分離して得ようとしたわけです。そのためにニガリ工場は軍需工場となり、ニガリは市場から消え、豆腐の凝固剤には「澄まし粉」として石膏が推奨されました。まあ、実際には電力が不足してアルミもマグネシウムもあまり生産できませんでしたから、この軍令がどれだけ日本の戦局に影響したのかは微妙なところなんですが、「ジュラルミンと豆腐がニガリを取り合って負けた豆腐が石膏を使う」という、この一文だけではほぼ理解不能な出来事が歴史的に起こり、一時的とは言え、日本で石膏豆腐が普及しました。また、一部の絹ごし豆腐では「澄まし粉」は、今でも使われ続けています。
久しぶりに豆花が食べたくなりました。豆花は基本的に温かいスイーツで、特にシロップをかけるだけのシンプルな豆花は、冷奴や湯豆腐など比較にならないほど豆乳そのものの風味が楽しめます。豆乳が嫌いでない方は是非。美味しいですよ。
温泉の硫黄の香りは腐った卵が出す気体と化学的に同じ。
温泉の硫化水素
温泉地に行って硫黄臭さを感じると、私のような温泉好きはテンションがバク上がりするんですが、この匂いこそが硫化水素のニオイです。二酸化硫黄はマッチを擦ったときの鼻の奥がツーンとくるあの懐かしいニオイですが、現在のマッチには硫黄分が含まれていませんから、花火の煙のニオイと言ったほうがわかりやすいですね。酸化性の気体はだいたい刺激的ですが、目や鼻に入るとかなり沁みます。その刺激が食品加工で有益に使われているわけです。
硫化水素は腐った卵のようなニオイがします。実際に卵は腐るとアミノ酸が分解されて硫化水素が発生するのでその通りで、まんま「腐卵臭」と言います。臭さでいえば硫化水素のほうが二酸化硫黄より断然クサイです。これは我々の鼻がそのようにセッティングされているからで、それだけ危険な気体だということです。ですので硫化水素臭が濃厚に漂う有名な温泉地の空気でも、計測してみると硫化水素の濃度は0.5~1ppm(1ppm=0.0001%)程度に過ぎなかったりします。

万が一、そのような硫化水素臭のする温泉地や火口に近い場所などで、換気の良くないスポットに遭遇してしまった場合、硫化水素の濃度が上がると目が痛くなったり吐き気や頭痛がするほどの臭気を感じるので、迷わずその場を離れましょう。人間のピーク許容暴露(決して超えてはならないレベル)は50ppm(0.005%)です。やがてその濃度が150ppm(0.015%)を越えると、そのあたりからは鼻の嗅覚細胞が麻痺して臭気を感じなくなります。そうなったら一刻を争う、即座に離脱しなければかなり命を失うリスクが高い状況です。
また、二酸化硫黄と同様に、硫化水素も空気より重い気体です。ですので地面に近づくほどにその濃度は高くなります。濃い硫化水素を吸って体調が悪くなったからといって、その場にしゃがみ込んだり横になったりするのはNGです。仮にそこが硫化水素だまりのような場所だった場合、最悪の場合、即座に意識を失い、やがて死に至ります。口や鼻の位置を高く保って脱出しましょう。

蛇足ですが、硫黄泉のニオイを「硫黄のニオイ」などと言いまわしますが、硫黄(S)という物質は無臭ですし、何なら水にも溶けません。硫黄の粉末をそのまま湯船に混ぜ込んでも、微粒子が水中に分散して漂うことははありますが、湯船の底にザラザラと沈殿して、湯船や給湯器、排管などの金属部分をしっかり痛めつけてくれます。つまり、硫黄泉の有効成分は硫黄そのものではなく様々な硫黄の化合物です。
例えば、遊離硫化水素(H₂S)や硫化水素イオン(HS⁻)、チオ硫酸イオン(S₂O₃²⁻)などがそうです。また、硫黄が硫酸イオン(SO₄²⁻)として溶け込んだ温泉は名称が硫黄泉ではなく「硫酸塩泉」となります。これらの中で危険が高い成分は遊離硫化水素(H₂S)です。が、温泉はその成分の中で最も多い成分が泉質として書かれていますので、「次亜硫酸」(チオ硫酸)と成分が書かれている温泉だからといって、成分中に遊離硫化水素が含まれていないわけではありません。硫酸水素イオンもたぶん含まれています。温泉によっては数十種類のミネラルが含まれている場合だってあります。

温泉として営業されている施設はしっかり換気対策も考慮されているので大丈夫ですが、野湯を楽しまれる際には注意しましょう。まあ、野湯に入られるようなコアな温泉通の方には釈迦に説法でしょうが。
参考文献:
非鉄金属研究会 (著) 山口 英一 (監修) 「トコトンやさしい非鉄金属の本」
西山 孝 「元素のふるさと図鑑」
齋藤 勝裕 「へんな金属 すごい金属」
青木 正博 「鉱物・岩石入門」
住友金属テクノロジー 「金属の素顔にせまる」
佐々木 稔 「鉄と銅の生産の歴史―金・銀・鉛も含めて」
杉田 清 「炉の歴史物語―省エネルギー・環境対策の発展に学ぶ」
参考ウェブサイト:
Wikipedia、You Tube、、環境展望台「環境技術解説・排煙脱硫技術」、クボタ環境エンジニアリング株式会社、ミウラ化学装置株式会社、草津温泉ポータルサイト「湯LOVE草津」、東北大学多元物質科学研究所 村松淳司Homepage 2002年度 界面・電気化学 5/7 第5回 一服(「温泉の化学」から「硫黄の七変化」だけ抽出)、温泉検索どっとこむ、環境省「温泉利用施設における硫化水素中毒事故防止のためのガイドライン(2017年9月)」、臭気判定士の激闘、国立環境研究所 資源循環領域、細井化学工業株式会社、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 実用化ドキュメント 軽油を極限までクリーンにする触媒、株式会社丸商、千代田化工建設株式会社、グローバルノート、合資会社恒岡豆腐、全豆連、CPD講座 建設業におけるリサイクル 第5回 石膏ボードのリサイクル 磯部孝行、吉川商事株式会社、高純度化学研究所 公式ブログ、株式会社中島など。
画像元サイト:
Wikimedia Commons、千葉県立中央博物館 大利根分館、ソブエクレー株式会社、新エネルギー・産業技術総合開発機構、写真AC。
動画元サイト:
Musto Wine Grape、WineMakersToyStore、GuildSomm International、東森新聞 CH51、アイ ラブ トーフ 利兵衛庵、ITADAKIMASU – 美味しいたべものができるまで -、維仁茶坊リラファイン。



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