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ナマコとイリコ#2 中国がナマコ好きになるまで 4

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前話、#2-3 スペイン転生物語 ~邪教に滅ぼされそうなので、魔界で無双してみた~ の続きです。

スペイン、銀を世界に垂れ流す。

さて、スペインが武器商人をやめて、膨大な命の消費の代償として偉大なる神の恩寵を得るようになると、世界経済における銀の流通量に歯止めが効かなくなりました。まだ経済学なんてなかった時代で仕方なかったんですが、スペインは、海水を柄杓で掬うような感覚で銀を世界中に撒き、ブドウの木からブドウの房をもぎ取るように目当てのもの国元に持ち帰りました。買い付け先である欧州や中国の先進文化圏では莫大な銀が市中と国庫にあふれ、銀の価値は相対的に下落し、金銀銅の兌換率が狂ってしまいました。するとスペインはさらに銀を増産し、下落分の銀を積み増して支払いました。

スペインのガレオン船は3本マストが特徴で、軍艦のみならず、商船として運用され、500トン未満から、やがて1000トン程度にまでに大型化していった。特にアカプルコ・マニラ航路のガレオン船(マニラガレオン船)には2000トンに達する超巨大船もあったという。鉄製蒸気船が登場するまでの海船の花形であったが、見てくれ重視で性能やスピードは今ひとつだった。画像はアマルダ海戦においてイギリスの小型海賊船に翻弄されるスペイン無敵艦隊。この戦いで無敵艦隊は壊滅するのだが、その原因は悪天候(暴風雨)による座礁と沈没だった。(Cornelis Claesz van Wieringen , Public domain, via Wikimedia Commons)

海洋帝国、デカくなりすぎて潰れる。

やがて、この世界を等分した二つの帝国は、広大な支配エリアの維持費(主に戦費)のために疲弊し破綻してしまいます。神の裏書きが付いた世界の支配権を持っているからと言っても、他の国は黙ってはいないわけです。何をするかと言えば、海賊行為などの略奪をしかけてきたんですね。で、彼らが支配する世界中の広大な交易領域を警護する巨大な軍隊、とりわけ膨大な戦艦が必要になるわけです。銀が湧き出る泉を持っていてもその費用が払えない。その間にも銀の価値は下落し続けていてますし。

この構図は、ポルトガルの香辛料でもおこり(胡椒価格の下落)、二国のスーパープレイヤーによる海上覇権の時代は終わり、次世代の新たなメージャープレーヤを目指す各国が勃興します。混迷の時代が始まるわけですが、一方、血で血を洗う覇権争いには傍観を決め込み、グローバル化するマネー(銀)の恩恵だけを享受し続けた中国は、スーパーバブリーな大満時代を迎えました。

中国、8レアル銀貨の銀庫と化す。

どれほどの銀が中国に流入したかというと、ロクな銀鉱山を持っていなかった中国の貨幣が、この時代に紙幣+銅貨から銀貨にチェンジされたほどです。東方世界にくまなく流通する超大国の基本通貨、その素材が銀になったわけで、凄まじい量の銀が流入していたかがわかります。関係者たちはバブルに狂っていました。

明朝の銀貨。左の分銅形のものは銀鋌(ぎんてい)、右の独特の馬蹄に似た形状のものは銀錠(ぎんじょう)と呼ばれ、実際にはさらに多種多様のデザインの銀貨が存在していた。秤量貨幣であることから、形状は重視されず、重量さえ一致すれば造形にはこだわりがなかった。が、全体的なイメージは江戸で両替商が用いた分銅(現在の銀行の地図記号)にまで繋がっている。明朝後期に銀貨による貨幣経済へ移行したことは、古代中国の税制と経済を大きく進歩させた。(Gary Todd from Xinzheng, China, CC0, via Wikimedia Commons)

銀は基本的にすべて8レアル銀貨(Real de a ocho)で持ち込まれました。

8レアル銀貨はスペイン領で鋳造され、国際貿易で広く使われた大型の銀貨です。銀の含有量が高く安定していて(約93%)、規格も比較的一定だった(重さ約27.4g)ために、当時の国際決済でもっとも高い信用を得ていた基軸通貨でした。枚数で数えても重さで計っても価値がすぐに判別できたレアル銀貨は、マニラ・ガレオン貿易を通じて東アジアにバケツリレーのように次々と持ち込まれました。

フィリペ4世の治世下1650年にメキシコで鋳造された8レアル銀貨。1656年にオーストラリア沖で難破した船に積まれていた。(Héctor Carlos Janson Historic and Numismatics Museum, Public domain, via Wikimedia Commons)

ちなみになぜ8レアルなのかと言えば、生産量が爆発的に増えた膨大な銀を貨幣するのに1レアル貨だと面倒くさくなったためです。では、なぜ8倍なのかと言えば、当時の通貨は10進法ではなく、基本的に2の倍数が基本だったからです。

8レアルであれば、半分にカットすれば4レアル、その半分で2レアル、その半分で1レアルと、切り分けることでお釣りが払えます。当時はお釣りが必要になると硬貨をタガネなどで物理的に切断(カット)して支払う習慣がスタンダードな商習慣でした。

レアルと圓

現在において、中国の通貨の単位は簡体字で「元」と書きますが、これの元の漢字は「圓」で、日本の「円」や韓国の「ウォン(원)」と同じ「丸い」という意味です。これは大規模な偽造事件を期に、8レアル銀貨の製造方法がローラープレス機による鋳造式に変更され、円形に統一されたことに由来しています。

フェリペ5世により1732年から鋳造された8レアル銀貨。「ピラー・ダラー(Pillar Dollar)」や「コラムナリオ(Columnarios、双柱洋)」と呼ばれる非常に精緻なデザイン。世界の果てを意味するヘラクレスの柱に巻かれたリボンに書かれた「PLUS ULTRA(さらなる彼方へ)」はスペインの国是。スペイン王室の王冠が荒波に浮かぶ旧世界と新世界を覆い、外周には「VTRAQUE VNUM(両者は一つ)」と書かれている。(Coinman62 at English Wikipedia, Public domain, via Wikimedia Commons)

ちなみにベトナムの通貨「ドン」は「銅」の漢越語で、日本では通貨としてついに天下を取れなかった秦帝国発祥の銅銭(円形方孔銭)が、ベトナムでは主要な決済手段として約1000年にわたって流通していたことに由来しています。

世界最後の円形方孔銭、保大通宝(Bảo Đại Thông Bảo)。保大通宝はベトナム最後の王朝である阮(グエン)朝の最後の皇帝、保大(バオ・ダイ)帝の在位期間の 1926年〜1945年に発行された。保大通宝には、伝統的な鋳造銭と、フランスの近代的な機械を使った打製銭の2種類が存在する。画像は鋳造銭。この銭が太平洋戦争期の日本による占領が終わるまで発行されていた。(required link to http://art-hanoi.com, Attribution, via Wikimedia Commons)

コルテスの功罪、唯一の功

さて、世界帝国時代のスペインの話を終える前に、蛇足を一つ。

コンキスタドールとしてアステカを文字通り滅亡させたコルテスですが、彼にも功績らしいものがありまして、それはカカオをヨーロッパに伝えたという点です。封建制日本のコメと同様に、滅亡前のアステカ王国においてカカオは貨幣の役割をも持つ食品でした。アステカの人々はこの実を大変な価値を見出していました。

1440年〜1521年頃のアステカ(メシーカ)時代に制作された「カカオの実を運ぶ男」の彫像。アステカ社会でカカオを運ぶ商人はポチテカ(Pochteca)と呼ばれ、特権階級に属していた。彼らは単なる商人ではなく、王(トラトアニ)のために敵地の情報を集める密偵の役割も果たしていた。(メキシコ国立人類学歴史博物館、https://www.latinamericanstudies.org/aztec-figures.htm

コルテスはこの亜人どもが珍重するたいして美味しくもない不思議な実と、その実が亜人社会の中でどのような意味をもち、どのように利用されているかを本国に報告し、ついでに持ち帰りました。

スイーツとしてのチョコレートの歴史はこの瞬間から始まったと言えます。

#2-5 ここがヘンだよ明王朝 に続きます。

参考文献:

廣野卓 「卑弥呼は何を食べていたか」

参考サイト:

Wikipedia、百度百科、コトバンク、You Tube、世界史の窓、畜産茨城、外務省、水産庁、在ペルー日本国大使館、水産振興ONLINE、魚が消えていく本当の理由、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所語源由来辞典、ごさんべえのぺーじ、インドネシア情報ライン旅の情報〜地理の世界から〜、しまね観光ナビ、ちそう、など。

画像元サイト:

Wikimedia Commons、写真AC、など。

括坊奚

岡山市在住の野良キュレーター。
日常を豊かにするリーダーズ・ダイジェストを目指しています。
構造に関するコンテンツが好きです。

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