なまり
なまり…。
数ある金属の名前の中で、これほどのんびりとした、冴えない響きを持つメタルは他にないでしょう。
しかし、その歴史を調べてみると、鉛に人々は幾度となく魅了され、やがて夢中になり、そして離れていく。そんなサイクルを繰り返してきたことがわかりました。
それはまるで恋愛のようでした。鉛によって人々は守られ、教えられ、日々の活力をもらいました。鉛は人々に貴重なプレゼントも贈ってくれました。鉛で人々は潤い、華やぎ、甘美な時を過ごしました。そして、ある日突然「あんたは私にとって無価値だった。いや、害でしかなかった!」と、人々は鉛を毛嫌いするようになるのです。「とんだ性悪だった!」と。
これから鉛について少しづつ紐解いていくのですが、バカげた話ですが、私は書きながら何度も鉛に感情移入してしまいました。好き放題に使われるだけ使われ、その挙げ句に捨てられ続けてきた。そんな哀れな金属についてのお話です。
生り
「なまり」は倭語(和語≒大和言葉)です。外来語ではありません。鉛は太古の昔から日本人にとって馴染みの深い金属なんです。
なまりの「なま」は「生」という意味的に共通のようです。「なまり」は「生り」ということになります。鉛はベースメタルの中では格段にやわらかい金属ですから、例えば、チョコの中での生チョコのような存在だったのかもしれません。

「なま(生)」が入る他の言葉としては、例えば「なまくら(鈍)」という言葉があります。これは「生くら(生暗)」のことです。焼入れをしていない鉄が、機械的な性質がパッとしないことに由来しています。
カツオのなまり節も「鉛節」ではなく「生り節」で、生っぽい鰹節のことを指します。もとは「なまいりぶし(生煎り節)」から派生した江戸ことばです。

訛り
また、「なまり」という単語には、方言の「訛り」という意味もあります。この訛りと金属の鉛にどのような繋がりがあるのかは調べてもわかりませんでした。しかし、鉛は非常に酸化しやすい金属で、すぐに表面が鈍く燻みます。綺羅びやかな都言葉と対比してくすんだような響きとして差別的に「なまり」と表現したのかもしれません。また、「鉛色の空」などに使われるように、鉛のような暗く重たげなイメージで、未開の言葉と揶揄した可能性もあります。また仮に、訛りが鉛ではなく「生り」から分岐した単語だとすれば、火入れや加工が十分にできていない、熟していない、洗練されていない言葉とみなして「生り」と呼んだのかもせれません。

青金
また、鉛をあらわす呼称については「青金(あおがね)」という呼び名もあります。
古来から「五金」というものがあります。これは「色+かね」で表せる金属が五つあるということです。なんと鉛はその一つです。
ただ、この青金という呼び方は、単純に色彩的な青を表すものではありません。これは中国の五行思想によって名付けられたものです。残りは赤金(銅)、黄金(金)、白金(銀)、黒金(鉄)です。つまり、五金は外国から輸入された金属の概念で外来語なんですが、五行の思想は殷周の時代には既に存在したとされるほど古い思想ですので、五金の呼び名はなぜか倭語扱いされています。

ともかく鉛は五金の中では青の担当なわけですが、私は鉛の現物を見ても「そんな青い?」と思うわけで、それよりも、本来硬いはずの「かね」の中でまだ成熟していないという、「生り」と同じような雰囲気で青が割り当てられたと考えたほうがしっくりします。
また、現代でも実際に、くすんだ鉛の色を文学的に表現する時に「青灰色」などと書かれることもあるので、鉛と青の色合いには多少の親和性はあります。ただし、青灰色はかなり魅力的な美しい色ですので、鉛のダウナーなイメージからは少し離れている気がします。青灰色は英語でブルーグレー(blue-gray)です。

さて、ゴレンジャーの中で誰がブルーにふさわしいかという配役の話はひとまず脇に置きます。そもそも鉛が五金の一角を担当したという事実は、中華文明圏において鉛がいかに重要な金属であったかということを強く示唆しています。これは現代の感覚からはかなり違和感があります。鉛ごときがなぜかメインキャストの一員なんです。
人類を爆発的に文明化させたブレイクスルーがいくつかあります。その第一弾は青銅の発明でしたが、この合金を得るために最も重要な金属は錫でした。ですから五金の中のブルー担当は鉛ではなく錫であっても全然不思議はありません。むしろ錫であるべきだろうと感じます。が、実際に選ばれたのは鉛でした。それはつまり、錫よりも鉛がより重要だと思われていたこいうことです。
Pb
鉛の元素記号はPbです。これはラテン語で「やわらかい金属」を指すplumbum(プルンブム)という言葉に由来しています。鉛につてのネーミングセンスは世界共通なようです。まあ鉛は字が書けるほどにやわらかいので、「鉛筆(lead pencil)」などという事実誤認が世界中に拡散し、極東の島国の連中にまで鵜呑みにされ定着したくらいです。それにしてもこのプルンブム、何とも言えない、柔らかそうで可愛らしい音の響きです。実際には「プルンッン」のように、より可愛らしい発音だったと思われるので、古代の人々はこの金属に対してかなり身近で好意的な印象を持っていたんじゃないでしょうか。

Lead
英語では鉛はleadです。こちらは「重さ」とか「おもり」を表すケルト系の言葉が語源と考えられているようです。たしかに鉛は比重が11.35g、つまり水の11.35倍の重さで、2Lのペットボトルがなんと22.7kgにもなります。金を除けば、古代から認識されていた金属の中では最重量級です。この柔らかく重たいという鉛の特性は、釣りや網など漁業で使うおもりや、銃の弾丸(鉛弾)などの用途に最適です。また、重い物質ということは密度が高い物質ということ(鉛の場合は水の11.35倍の密度)なので、現在ではシート状やレンガ状に加工して防音材や、レントゲン室でX線の遮蔽材としても利用されています。正確ではありませんが、鉛では原子がギチギチに詰まっていて音波や電磁波が通り抜ける隙間がないというイメージです。
無論これらの用途に鉛が採用されるのには、加工や施工が容易だという点と、さらに最大の理由として、金属としての単価が非常に安いという点があります。機関銃なんて1分間に1000発撃つモノもあるようですが、もし弾丸が高価ならそんな気前よくはバラ撒けませんよね。

ちなみにleadには「導く、指導する」というもう一つの意味があります。こちらは古英語のlædan(先導する、案内する、同行する)という単語が変化してleadという綴になったものです。ですから、鉛のleadとは語源的にまったく異なる言葉ですので、綴は同じですが、導くのleadはリード、鉛のleadはレッドと読み方が異なります。ややこしいですね。さらに鉛色はlead color(レッドカラー)と発音されますので、LとRの発音が苦手な私達は、赤色のレッドカラーと混同しないないように注意しなくてはなりません。

参考文献:
非鉄金属研究会 (著) 山口 英一 (監修) 「トコトンやさしい非鉄金属の本」
西山 孝 「元素のふるさと図鑑」
齋藤 勝裕 「へんな金属 すごい金属」
青木 正博 「鉱物・岩石入門」
住友金属テクノロジー 「金属の素顔にせまる」
参考ウェブサイト:
Wikipedia、You Tube、コトバンク、日本電気硝子、村上 隆「古代の金・銀精錬を考える」、www.toishi.info「昔の日本での金属の呼び名、俗称について」、Online Etymology Dictionary、Nature Chemistry「Lead between the lines」、東京文化財研究所「臨海環境における丹塗りの変色に関する研究」など。
画像元サイト:
Wikimedia Commons、写真AC、など。



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