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ナマコとイリコ#1 なまこ

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なまこ

さて「なまこ」。

日本で売られているナマコにはアカナマコ、アオナマコ、それと色合いがかなり違うクロナマコがある。クロナマコには姿の似た有毒種もいて、その名もニセクロナマコという。ネーミングセンスが…。写真は多分ニセクロナマコ。

もともと倭人は「なまこ」という海洋生物を、ただ「コ」と呼んでいたそうです。

この「コ」の由来は、食感がコリコリしているから、という説があります。なるほど倭語っぽい。なら肩が凝るとかの「凝」という字を当てるのがふさわしいんでしょうが、ネズミの後ろ姿に似ているからとか、その多くが夜行性で、夜に這い回る姿がネズミのようだからとかで、当てられた字が…「海鼠」…らしい。

海鼠……いいのかそれで?

「海のネズミ」と書いて「コ」とムリヤリ読ます、いわゆる熟字訓というヤツですが、およそ食品に対する当て字とは思えない不潔な字面です。が、これについては一旦飛ばして後で書きます。

音として、「コ」が単体で意味を持つ名詞といえば、子供などの小さい物を表すコ、小麦粉などの粉(米や粟などの粒状に比べて小さい)を表すコ、そして、あまりメジャーではありませんが、「ザコ(雑魚)」などのように、小魚を表すコがあります。イモ虫状の虫も、成虫に対する幼体ということでコでした。カイコは「飼いコ」です。

つまり「コ」は、「そのカテゴリーの中で比較的小さい個体、もしくは成体に対する幼体」につけるような法則性があるようです。ナマコは小さくはないですし、シルエットがイモ虫に似ていないこともないんで、ナマコが「コ」なのは、きっと幼体ということなんでしょうが、成体になるとどんな生き物になると思われてたんでしょうか?

デカいのは結構デカいぜ?これはアカナマコかな。

ナマ

ナマコの「コ」の手前の「ナマ」は、「生の」のナマです。

古来からナマコは生薬として珍重されてきました。いわゆる漢方薬です。ですから乾物です。明王朝の時代くらいになると食材としての人気も出はじめますが、これも乾物を戻して使う方法で、これは現代でも同じです。ただし、それは伝来元の中国での話しであって、日本に限っては、ちょっと状況が異なりました。

世界中の海の底には、色んな種類のナマコがノソノソと這いずり回っているわけですが、だいたいほとんどの種類のナマコは苦くて、そのままではとても食べれたものではありません。考えてみればそれもそうで、逆に言えば、捕食者がいないほど不味いからこそナマコは世界中の海でのんびり砂を食べ続けることができているとも言えます。実際にナマコに含まれるサポニンという成分は、魚などの捕食者にとっては強力な有毒成分として作用します。そんなナマコの中で食用に適した、そのまま生でも食べれるマナマコという例外的な種類が偶然にも日本の周りの海に生息しているんです。これが日本人が生でナマコを食べる第一の理由です。

マナマコ。これもアカナマコだろうか?マナマコな中でもアカナマコが最もサポニンが少なく、かつ、最も美味とされている。(RYO SATO, CC BY-SA 2.0, via flickr)

もう一つの理由として、単に乾燥させないと溶けてしまうというナマコの体質のせいです。ナマコは水揚げした後にすぐに処理して乾燥させないと駄目になってしまいます。ナマコは生命力が強いので完全にはなかなか死なないんですが、本当に死んでしまうとグズグズに溶けてスライムのようになってしまいます。つまり生きているうちにサッサと乾燥をし始めないとナマコの容姿を保ってくれないわけです。不思議な生き物です。

こういったことから、日本人の生活には、海辺の人々の生活に限ってですが、きっと生のナマコが古くから身近な食材として親しまれていた思われます。その時分には、わざわざ「生」など付ける必要もなかったでしょうからただの「コ」と呼ばれていたのかも知れません。新鮮な「生コ」はコリコリとした食感が絶品ですし、貝類と同じように海に潜れば簡単に捕まえることができますから、きっと食卓に登る回数は多かったはずです。一方で、内陸部に住む人々にはきっと縁遠い食材だったはずで、ほとんどの人が「コ」と聞いてナマコのことをイメージすることなく一生を全うしていたはずです。あるいはお医者様から処方されて何とは知らずにその乾燥粉末を服用していたかもしれません。中国から生薬である乾燥ナマコを台所で調理する調理法が日本に伝わるのは早くて江戸時代くらいからのはずで、貴族やお大名たちの口には戻して味付けをした乾燥ナマコが入ったかもしれませんが、民草たちにはこの中国式の薬膳料理は結局広がりませんでした。簡単な調理で食べれる生ナマコに対して、干したナマコはメチャクチャ手間がかかる食材だからです。

乾燥ナマコ(海参)の薬膳料理。見るからに絶品。(Marufish, CC BY-SA 2.0, via flickr)

じゃあナマコという呼称がいつから定着したのかと考えると、ナマじゃない方、乾燥ナマコの呼称が定着するのとセットになっているはずですから、多分、戦国時代くらいでしょう。このくらいからお隣の明王朝では、ブクブクに太った金持ち連中が乾燥ナマコで作った料理を食卓に並べては「この料理ヘルシーでイイぜ!」とか言い始めてまして、そういった流行を日本の利に聡い「情報通」の連中が漁民たちにナマコを乾燥させてはジャンジャンと中国にナマコを持ち込んで、荒稼ぎをし始めていました。その乾燥ナマコの加工法が、一度茹でてから乾燥させるので「イリコ(熬りコ・煎りコ)」であり、これと対になる言葉として「ナマコ(生コ)」も成立しました。

香港で売られている「イリコ(乾燥ナマコ)」(Jon Connell, CC BY 2.0, via flickr)

これまでに、かなり古くからナマコを楽しんでいたのは海辺の民だけだったと書きましたが、これには例外があります。内臓を塩漬けにしてから食べる「コのわた(ナマコの腸)」や「コのこ(ナマコの卵巣)」です。ナマコの内臓って美味しいんです。海でナマコがサメなどの捕食者に襲われた場合、内臓を吐き出して、彼らがそちらに夢中になっているスキに砂の中に逃げ込むのも、ナマコの内臓が美味しいからです。このナマコの内臓は死んでもドロドロに溶けないので、珍味として古くから流通していました。「コノワタ」や「コノコ」は奈良時代にはすでに存在していたようです。

「このわた」。ウニ、カラスミと並んで日本三大珍味の一つに数えられる。「このわた」もアカナマコの物が最良とされる

要するに、おそらく古来から日本には、生で食す「生コ文化」が伝統としてベースにあって、その際に内蔵だけは内陸の集落や権力者のもとに届けるために日干しや塩漬けにしたりして交換やら物納やらに当てていた。やがて海外の先進国から、乾燥させてから保存して調理前に戻して使う「熬りコ文化」が伝播したが、輸出品として定着したものの国内には普及しなかった。その結果、コという呼び名はナマコという呼称に変わったが、日本国内のナマコの利用法に変化はなかった。ということのようです。

参考文献:

廣野卓 「卑弥呼は何を食べていたか」

本川達雄 「世界平和はナマコとともに」

参考サイト:

Wikipedia、コトバンク、You Tube、世界史の窓、畜産茨城、外務省、在ペルー日本国大使館、水産振興ONLINE、魚が消えていく本当の理由、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所語源由来辞典、ごさんべえのぺーじ、インドネシア情報ラインちそう、人民中国、北海道北方民族博物館、日本養豚協会、レファレンス協同データベース、トノハタ、紀州紅梅園、梅の月向農園、福梅本舗、国際環境経済研究所、詩仙堂丈山寺、任天堂、北代縄文広場、日本鹿革開発協議会、一般社団法人エゾシカ協会のライブラリー、独立行政法人 農畜産業振興機構、一般社団法人 日本乳業協会、一般社団法人 日本乳容器・機器協会、千葉県酪農のさと、畜産ZOO鑑、など。

画像元サイト:Wikimedia Commons、flickr、写真AC、など。

 

括坊奚

岡山市在住の野良キュレーター。
日常を豊かにするリーダーズ・ダイジェストを目指しています。
構造に関するコンテンツが好きです。

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