石膏は食べれるし、薬にもなる。
石膏は豆腐と相性がいい。
石膏は中国医学では、渇きを癒やす(止渇)作用や解熱作用がある生薬として古来から利用されています。つまり石膏は立派な漢方薬で、日本薬局方にも医療品名「石膏」として記載されています。
また、中華料理でも石膏は、豆乳の凝固剤としても使われていて、豆乳に石膏を加えてかき混ぜると、にがり(塩化マグネシウム)に比べて凝固のスピードが遅く、非常になめらかでクリーミーな豆腐が作れます。石膏豆腐などと言われることもありますが、「豆花(トウファ)」もしくは「豆腐花」のほうが一般的です。豆花は料理の具材として使われていますが、特に中国南部や台湾ではスイーツとして人気があります。香港や台湾に旅行される際にはぜひ味わいましょう。人気店の豆花は激ウマで、豆腐の価値観がひっくり返ります。虜になってしまって、帰国した後に自宅で作られる方も。自分で豆花を作る際は、石膏(硫酸カルシウム)の粉の粒をできるだけ細かくすり潰してから混ぜるのが成功するコツのようです。
ちなみに、ちょっと豆腐の項目で書くのもアレなんですが、この石膏の特徴は土木の現場でも利用されていて、セメントの硬化速度を調整するための添加剤としても石膏は重要な役割を果たしていたりします。
豆腐を固める「にがり」はニガいから「苦り」。
日本の豆腐は古来から現在まで、海水から食塩を採る過程でできる副産物「にがり(苦汁。ほぼ塩化マグネシウム)」が凝固剤として使われ続けていますが、これはニガリが豆腐作りに最適だからではなく、海が近く、ニガリが簡単に手に入ったからで、海が遠い中国で豆腐にもっぱら石膏が使われたのも同じ理由です。
最適どころか、ニガリは凝固作用が強く、しかも速く固まるので、本当は豆腐作りには不向きです。実際に、温めた豆乳(呉汁)にニガリを垂らすとわずかな時間、約5秒ほどで凝固が始まってしまいます。そのため急いで撹拌しなくてはならないのですが、慌てて混ぜてしまって豆乳が泡立ってしまうと、豆腐が台無しになってしまいます。しかし、呉汁は泡が非常に立ちやすく、それどころか簡単に泡だらけになる液体ですから、ニガリの撹拌は豆腐職人の最大の腕の見せ所で、真剣勝負の瞬間です。撹拌作業が終わると、ニガリは強く凝固するので呉汁は凝固する「おぼろ豆腐」の部分と薄黄色の透明な水分とに分離します。これを木綿の布を敷いた型に流し入れて圧力をかけて固めることで木綿豆腐ができるわけですが、分離した水分は商品にはならないので、そのままロスとなります。そのため石膏などの凝固剤に比べて豆腐を一丁を作るのにより多くの豆乳を必要とします。歩留まりも悪いです。
しかし、ニガリはその名前の通り苦みがあり(にがり=苦汁)、様々な凝固剤が入手できる現代においても、日本ではこの味覚上の特徴が「大豆の甘みを引き出す」と好まれています。現代のニガリには、精製された純粋な「にがり(塩化マグネシウム)」と、精製される前段階の「にがり(粗製海水塩化マグネシウムor塩化マグネシウム含有物)」があります。複雑なミネラル分が含まれている精製前のニガリの方が味に奥行きが出ると好まれるのですが、塩化マグネシウムの含有量にバラ付きがあるので、少し前までは高級豆腐にしか使われていませんでした。が、現在の豆腐にはだいたい精製前のニガリが使われています。
ニガリ以外の凝固剤としては、まずは中国でメジャーな石膏。石膏の凝固は反応が遅く、また反応後の保水力も高いので、作業性も歩留まりも良い凝固剤です。舌ざわりがよく滑らかな絹ごし豆腐に最適で、一部の街のお豆腐屋さんや京風の豆腐料理などで使われていますが、現在の日本ではマイナーな凝固剤です。他には、道路の凍結防止剤として撒かれることでおなじみの塩化カルシウムがあります。塩化カルシウムの凝固作用はキツく、固く締まった豆腐ができるので、油揚げ用や高野豆腐用の豆腐とかの凝固に使われています。また、グルコノデクラタクトンというデンプンを発酵させて作る、特に絹ごし豆腐に理想的な凝固剤もあって、初期の充填豆腐はだいたいこれで固められていたのですが、現在ではほとんど使われていません。ちょっとプリンに似た食感の豆腐で、値段も安かったのですが、豆腐にかすかに酸味が出たようです。
現在の日本の豆腐の凝固剤がニガリ(粗製海水塩化マグネシウム)一辺倒になった最大の理由は、充填豆腐の実用化によって、歩留まりの良い豆腐の製造方法が開発されたからです。伝統的な豆腐づくりでは熱々の呉汁にニガリを撹拌するのですが、充填豆腐の製造方法は、冷たい呉汁とグルコノデルタラクトンを混ぜたものをパックに充填して密閉し、そのパックを80℃程度でじっくり加熱して凝固させて製品ができます。で、この方法、実はニガリを使っても可能だったんですね。そして、大豆が海外の輸入大豆に切り替わったことも大きく、この過程で煮釜が見直されて改良された結果、豆乳の品質が結果的に上がりました。鶏卵や牛乳が「物価の優等生」と言われますが、豆腐だって充分に優等生です。
みんな石膏豆腐を食べていた。
日本では地理的な要因や伝統的な嗜好もあって、歴史的にニガリ一筋で豆腐を作ってきたわけですが、過去にみんなが唐突に石膏豆腐ばかりを食べていた時期がありました。第二次世界大戦の最中の話です。
意外なことにその理由は、ありがちな戦中の食材不足ではなく、軍事物資としてニガリが徴発されたためでした。
第一次世界大戦で航空機が戦況をも左右する重要な戦力として登場したわけですが、この航空機に使う金属の研究にも各国はしのぎを削っていて、みんな最も軽量なアルミニウムをできるだけたくさん使いたいんですが、どうしても強度(耐破断性)が不足していました。しかし、ついに銅とマグネシウムをいい感じで混ぜるとアルミがめっちゃ強くなることがわかり、リバースエンジニアリングの結果、日本でもそのアルミが作れるようになりました。このアルミがジュラルミンです。第二次世界大戦の頃には航空機はモノコック構造となり、ジュラルミンはより航空機に適した超々ジュラルミンという改良版にまで進化していました。

で、ジュラルミンを作るにはマグネシウムが必要なわけです。日本にも一応資源(ドロマイト鉱山)はあったのですが、何せ日本は四方を海に囲まれていますので、軍はそのマグネシウムを塩化マグネシウム、つまりニガリから塩素を電気分離して得ようとしたわけです。そのためにニガリ工場は軍需工場となり、ニガリは市場から消え、豆腐の凝固剤には「澄まし粉」として石膏が推奨されました。まあ、実際には電力が不足してアルミもマグネシウムもあまり生産できませんでしたから、この軍令がどれだけ日本の戦局に影響したのかは微妙なところなんですが、「ジュラルミンと豆腐がニガリを取り合って負けた豆腐が石膏を使う」という、この一文だけではほぼ理解不能な出来事が歴史的に起こり、一時的とは言え、日本で石膏豆腐が普及しました。また、一部の絹ごし豆腐では「澄まし粉」は、今でも使われ続けています。
久しぶりに豆花が食べたくなりました。豆花は基本的に温かいスイーツで、特にシロップをかけるだけのシンプルな豆花は、冷奴や湯豆腐など比較にならないほど豆乳そのものの風味が楽しめます。豆乳が嫌いでない方は是非。美味しいですよ。



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